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トドメ氏の小説 Archive

空白の理由 第三回

3−A

「始めよう」
 口の端をきゅっと締めて、美雪は言った。それを合図に、僕達はどちらともなく目を瞑り、記憶を探り始めた。僕達に関する『幸福』の記憶を探り始めた。

 押し寄せるような『幸福』の記憶。幼少期から現在まで、それらは無数に存在したが、しかし強く意識に刷り込まれているのは、やはり美雪との思い出であった。比較的最近の記憶だからかもしれないが、それだけではないことも僕は知っている。今となっては空気のように自然な存在だが、だからこそ空気にように不可欠の存在となっているのだ。自然と美雪との思い出が再生されていく。時には映画のように滑らかに、時には写真のように断片的に。しかし不思議なことに音声だけは、美雪の声だけは鮮明だった。意味は既に失われている。ただ音階として、僕の記憶に残っていた。
 ゆっくりと時間が巻き戻される。美雪の声は最早BGMとなり、まるで自分の成長記録を逆再生しているようだった。ひと月前、半年前、一年前。まだ時間は戻り続ける。そして、一番古く、一番鮮明な美雪を見つけた。

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空白の理由 第二回

2‐E

「何だか、切ない...。」
 そう言葉を発する事がやっとだった。今の私の心はそう表現するしかなかったのだ。雄介の提案に沿って、ただ『幸せ』について考えていただけなのに、何故か心は力を失い、悲しく、やり切れない気持ちで一杯になってしまって、そこから一歩も進めなくなってしまった。どうして『幸せ』を思い描いただけで、こんなにも悲しくなってしまったのか?私は自分の心が分からなくなっていた。正直、動揺していたと思う。
 そんな私の心の揺らぎを受けて、雄介は私の肩に手を置いて、ゆっくりと首を振った。私は頷き、気を落ち着ける為に目の前の紅茶に手を伸ばした。雄介の手が離れる。少し震えているようだった。紅茶を一口飲むと、花にも似た香りが私の鼻と喉をくすぐる。不思議なもので、それだけで幾らか心が落ち着き、涙も止まりつつあった。
 それを見届けて、雄介が少し安心した様子で口を開いた。

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空白の理由 第一回

1‐A

 僕が言葉を接ごうと口を開いたその時、目の前に奇妙な空白が現れた。
「.........。」
 僕と美雪は自然と顔を見合わせる。美雪は目を丸くしていた。きっと僕も相当間抜けな顔をしていたに違いない。しかし僕は互いの表情よりも、この目の前の妙な空白に気を取られていた。妙に白けた、止まった空気がそこにはあった。
「あれ...?」
 

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旅の果て 最終回

  朝日が昇る前に、私は洞窟の入口に立っていた。一歩足を踏み入れると昼間と違い、中は真っ暗である。何かに躓き、転びそうになる。慌てて、持ってきた蝋燭に火を点し、ようやく三メートルほど先まで確認することができた。

 何が待っているのだろう、と、美しいあの景色が待っている。同時に思い浮かんだ。

頭の中の地図従い、無数の分かれ道を進んでいく。右、左、真ん中。最初は地図を頼りに歩いていたのだが、しかしやがて不思議なことに、その地図を意識することなく歩いている自分に気が付いた。そう、まるで知っているように。

 やがて例の五叉路に到着した。夢と同じ場所に立ってみる。そこから向かって右が、例の矢印が示された通路である。天井が少し低く、道幅もやや狭い。少年の身体である私でも、そこを通り抜けるのは困難だろう。しかし帰るつもりは毛頭ない。

 私は身体を低く、小さくし、むりやり通路の中に入った。頬や脛を擦ってしまったが、痛みはない。やがて狭い空間はすぐに終わり、

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旅の果て 第三回

3

 夕飯は大好きな煮魚だったが、味わう間もなくそれを掻き込み、私は早々に自分の部屋に戻った。部屋の中央に腰を下ろし、無意識のうちに口を押さえ、考えた。

 あれは、誰だったのだろうか。

 世界には自分によく似た人間が三人は存在しているという。事実、これまでの旅で幾度となく、自分に似た人間にあってきた。当たり前の話だが、この旅をしている間、私は本当の私の顔を見ることができない。だからその度に懐かしい気持ちになったものだ。

 しかし今回は特別である。他人の空似にしては、あまりにも私に似すぎていた。背丈、体格、顔付き。何もかもが私そのものであった。鏡に映したような、そんな陳腐な表現すら頭を掠める。だが不思議と気味の悪さはなく、勿論驚きはあったものの、これまでと同様に、懐かしい気持ちに包まれていた。

 そういえば。ふと、私はあのカレンダーを見た時の感覚を思い出した。「朝子」という名前を見た時、得体の知れない感覚に陥ったが、今思えば、それは懐かしさではなかっただろうか?さらに言えば、あの洞窟でも、そんな懐かしさを感じていなかっただろうか?

 しかしむしろ、あの男に対しては、いつもよりも強烈な懐かしさがあった。それはあの男の姿というよりも、姉と言葉を交わす、

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旅の果て 第二回

2


 この場所の様子を調べるため、またこのまま家にいても退屈だったので、私は外に出た。空気は粘りつくようで、容赦なく陽光が降り注いでいる。陽炎すら見えるほどの、まさに猛暑である。それでも下駄の乾いた音が、いくらかの気休めにはなった。

 角をひとつふたつと曲がると、小さな商店街が見えた。八百屋、魚屋など、素朴な町並みが五十メートルほど続いている。そのうちの一軒に人だかりが見えた。思わずそちらの方に歩を向けると、そこはさらに小さな駄菓子屋であった。黒山のほとんどは、私と同じくらいの少年達であった。

 店先には懐かしい駄菓子が並んでいた。どれも少年のころ好んで食べたものばかりである。原色でわざとらしい匂いから、

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旅の果て 第一回

※この作品では表現上部分的に斜体を使っています。読みづらい方は、ブラウザの文字の大きさの設定で調節して頂ければ大きくなり読みやすくなります。



 恐ろしく暑かった、あの日。大量の汗をかきながら、私は街の中心部へ向けて車を走らせていた。一つ、二つと角を曲がり、大通りに出た、その瞬間、視界の端から大きな物が飛び出してきた。そして、私の記憶はそこで止まっている。あれからどうなったのか、私には分からない。ただ、それが全てのきっかけだったことは理解している。


 目を開くと、そこには細かく木目が走った天井が見えた。最初はぼんやりとそれを見つめていたが、しかし、あんな天井は見たことがなかった。次第に意識ははっきりしてきて、

いつものように疑問が浮かんだ。

 今度は、どこの、誰だろう。

 身体を起こそうとする。しかし何だか身体全体がだるい。無理をして起き上がり、辺りを見回す。布団、障子、畳。典型的な和室だった。外からは蝉の鳴き声が聞こえてくる。どうやら、今回は日本らしい。これまでのことから考えて、私は少しだけ安心した。

 その時、後ろに伸ばした手が、かたん、と何かにぶつかった。目をやると、そこには朱色の盆と、小さな水差しと、薬の包みが置かれていた。

 急に喉の乾きを覚えた私は、たちまち水差しを空にした。ふう、と一息吐くと、音もなく障子が開かれた。薄暗かった部屋の中に光が差し込む。

「具合はどう?」

 優しげなその声に顔を上げると、そこには綿シャツの女性が、私を見下ろしていた。

 知らない女性。私は敢えて応えなかった。彼女は私の傍らに座ると、

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彼女の場合 最終回

 FAQ。よくある質問。ネットだけではなく、様々な分野で使われる略語だ。しかし今回問題なのはそんなことではなく、以前はなかったこの項目が今、目の前にあるということだ。記憶を探ってみても、こんな項目は絶対になかった。

 更新されたということだろうか?元々簡素なこのサイトには、勿論更新履歴のようなものはない。いつ更新されたのかも分からない。しかしそれよりも気になったのは、「FAQ」という項目それ自体の意味である。「よくある質問」ということは、相当数の人間がこのサイトにアクセスしているということを意味する。カウンタがないから具体数は分からないが、少なくとも結構な人間がこのサイトの管理者に対して質問をしたということだが‥。

 そこで妙なことに気が付いた。彼らはどうやって管理者と言葉を交わしたのだろうか?このサイトにはメールアドレス等の管理者へと続くような情報はどこにも示されていない。それなのに「よくある質問」とはどういうことなのだろうか?

 考えていても始まらない。私はそっと、

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彼女の場合 第三回

 何かが変わった、というより、私には何が変わったのかが分からない。だから心が軽くなったとか、快適な生活になったとか、そういった感じはまるでなかった。唯一残ったのは、以前何かに悲しんでいた、というかすかな記憶だけだった。

 しかし周囲の人間には劇的な変化に見えたらしい。忘却術を行った翌日、会社の同僚である恵は私を見るなり「ようやく吹っ切れたみたいね。」と言った。勿論私には何のことだか分からないが、以前は相当沈んでいたらしいことだけは分かった。私は軽く頷いてから、週末に映画に行く約束を取り付けた。


 それから一日、二日と経つと、その悲しみの記憶も忘却術のことさえも消えてなくなり、(同僚の言うような)以前と同じような、平凡な生活を送ることとなった。実際、本当に単調な毎日で、退屈だったのである。それを察してか、それとも私の忘れてしまった「何か」に関連することなのか、

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彼女の場合 第二回

2

 白い壁紙に青い文字。そのサイトのデザインはこの上なくシンプルだった。トップには『記憶とは』『忘れるとは』『忘却術とは』と、コンテンツはこの三つだけで、カウンタもBBSもリンクも、何もなかった。

 とりあえず私は最初の『記憶とは』のページへと飛んだ。そこもやはり白地に青のデザインで、テキストと少しの挿絵が入った、ある種無機質なページだった。

 専門的で難しいのだろうな、と、私は半ば興味を失いかけつつもテキストに目を走らせた。しかしその内容は私の予想に反し、とても砕けて、それでいて洗練された、とても理解しやすい文章であった。実際、全体で七画面近くあったというのに、私はものの十数分で読み終えることが出来た。

 その内容によれば、人間の記憶は二つに分けることが出来るという。一つは料理の仕方や自転車の載り方などの、いわばマニュアル的な記憶。もう一つは個人的な、例えば思い出ともいえる、日記のような記憶である。このうち後者の記憶は特に『エピソード記憶』と呼ばれるのだという。

 この記憶は日常の様々な出来事が記録されているが、

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彼女の場合 第一回

 これまでに色々な恋愛をしてきたけれど、今回みたいな結末は初めてだった。実際私の身には起こらないだろうと思っていたのだけれど、それは単に私の経験不足だっただけのことなのだろう。私はまだまだ子供だった、それだけのこと。

 まさか、私の方が捨てられるなんて。

 彼が二股を掛けていることを知っても、何故か私は焦らなかった。私の方を選んでくれると確信していたから。自信とは違う、何か運命的なものを感じていたから。しかしそれもまた、私の経験不足から来たものなのだと、今は痛いほど感じている。

 涙は一滴も流れなかった。捨てられた事実が信じられなかったからか、

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世田谷異聞 最終回

じんわりとした暑さを感じて目を開けると、そこには少し染みの浮いた白い天井が見えた。いつもの木目のうるさい天井ではない。僕は一瞬混乱したが、すぐに事態を飲み込む。

 そうだ。僕は病院にいるのだ。頭では病院の雰囲気に慣れたつもりでも、習慣とは恐ろしいもので身体はいつまでも世田谷の家に張り付いているのだ。僕は思わず苦笑する。

 顔を上げて右手を見ると窓があり、そこから差し込む日差しが僕の額を焼き付ける。朝日とはいえ夏の太陽は目に痛い。今日も良い天気になりそうだった。自然と爽やかな気分になり、僕は軽く伸びをした。そしてふと思い付き、僕は反対側に顔を向ける。

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世田谷異聞 第三回

快活なヌネの声が並平に起きるよう促す。

 しかし並平は既に起きていた。実際は眠らなかったのである。しかもそれが既に二週間も続いている。身体が泥のように重かった。

 また、朝が来た。

 ぐずついた頭のまま、並平はため息を吐いた。

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世田谷異聞 第二回

 改札を出た所で始めて、並平は雪が降っている事に気付いた。試しに息を吐いてみると、面白いように白い煙となって空に舞い上がっていく。それを見上げる並平の表情にほろりと笑みが浮かんだ。

 上向きだった視線を地上に戻すと、改札横の柱の影に見慣れた後ろ姿を見つけた。並平は小走りに近づくと彼の肩を叩いた。

「マヌオ君、今日は早いんだね。」

 彼、マヌオがゆっくりと振り向くと、そこで並平の表情が一瞬固まった。何故なら

「やあ義父さん。見て下さいよ、雪です。」

 そう言ってマヌオは満面の笑みを浮かべていた。それだけなら特に驚く事はないのだが、しかしその表情はどこかいびつで、まるでライオンを目の前におどける道化師のような、そんな笑顔だった。

 並平は数歩、退いた。何か、違う。並平は直感したが、

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世田谷異聞 第一回

何本目かの煙草に僕は火を点ける。肺の奥まで煙を吸い込むが、喉がちりちりと熱くなるだけで味は分からなかった。煙を吐き出すが、電灯を点けていないのでその形は分からない。ただ煙草の先だけが赤くぼんやりと光っている。じっとその先を見つめると、様々な事が浮かんでくる。それらはどれも僕を暗い気分にさせていく。

 どうして、こうなったのだろうか。

 手に力が篭もり、少しだけ煙草が曲がった。僕はもう一口煙を吸い込み、肺の中で循環させる。そしてもう一度、想う。

 何故、こんな事になっているのか。

 気が付いたのは最近の事だが、

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彼の顛末 最終回

 それからというもの、僕は毎日の殆どを警察の手から逃げ回る事に費やしていた。ラグナロクを後にして、僕は取りあえずパン工場とは反対側に向かい、少し大きな都市に潜伏した。しかしその度に足が付き、また次の街へと逃げた。それの繰り返しだった。

 海外に逃げよう、とも思ったが、それは出来なかった。空を飛んで行けば、間違いなくレーダーに引っかかり、多分戦闘機に迎撃される。では船はというと、あんな狭い空間ではすぐに僕の正体がばれ、しかも逃げ道はない。海に逃げても僕は水が苦手だし、飛べばやはり戦闘機に迎撃される。

 結局、僕は国内を転々とするしかなかった。

 西へ、東へと僕は逃げ続け、

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彼の顛末 第三回

 夕暮れが迫っていた。

 ここから見える夕日はいつもの様に美しいのに、赤く染められたこの街は、決して美しくなる事はない。何故ならこの美しい夕日を、この街はそのけばけばしいネオンと、耳を覆うばかりの喧噪で塗りつぶしてしまうからだ。この国最大最悪のスラム、そして煙草の煙と安い酒と、そして下品な白粉の香りがする街。

 それがラグナロクだった。

 この街に来たのは勿論初めてだったが、一歩足を踏み入れた途端、僕は思わず顔をしかめてしまった。予想以上の荒れようで、あちこちに汚物が散乱している。僕はいささか吐き気を覚えた。それは街の住人達もそうだったようで、ベタ子さんの居所を聞き出そうと声を掛けても、

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彼の顛末 第二回

 それは確かにHIVマンだった。どす黒い肌に細く狡賢そうな目、鋭い牙に先の尖った二本の角。何処からみても、それは間違いなくHIVマンその人であった。

 HIVマンはあの時のように、にやにやと笑っていた。愉快でたまらそうな、僕の心を掻き毟る、嫌な笑みだった。

「HIVマン。どうしてここに…?」

 しかしHIVマンはそれには応えず、そのまま奥に向かった。そしてヅャムおじさんの元に屈み込み、じっと見つめる。突然ぷっ、と吹き出したと思うと、今度はチーヌ、力レーパンマン、蝕パンマンと、次々に観察していった。その度に、卑屈な笑い声を上げ、そして最後にまた、僕の前に立った。

「派手に、殺ったもんだな。」

 僕は思わず顔を伏せた。しかしHIVマンはわざわざしゃがみ込んで、

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彼の顛末 第一回

 僕の名はアソパソマソ。謎の病原菌を町中に撒き散らし、そのまま姿を消した宿敵のHIVマンを僕は追いかけた。そしてついに奴を火口に突き落とした時には、パン工場を出てから既に三年が経っていた。

 雪山を飛び越えるとパン工場が見えてきた。ヅャムおじさんとベタ子さん、それにチーヌは元気でいるだろうか。僕は懐かしさで一杯だった。いつものように大きく旋回してから、僕はふわりと着陸した。

「ただいま、ヅャムおじさん!」

 元気良く玄関のドアを開けたが、まず最初に僕を迎えたのは黴臭い、酸えた様な臭いだった。パン工場だというのに中は全く火の気がなく、

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我は所詮ロボット 最終回

 走査を終了し、僕は今一度辺りを見回した。一面の屑鉄が少しずつ侵食され褐色の大地を形成している。恐らくここは廃棄物処理場か何かだろう。つまりゴミ捨て場だ。それは一つの事実を指し示す。


 不意に最後の記憶が浮かび上がる。


 多分、あの時にスイッチを切られたのだろう。

 その後恐らく僕はどこかの学術機関の手に渡った筈だ。そこで身体中を調べられたのだと思う。分解され、

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我は所詮ロボット 第二回

 昼間僕が何をしているのかと言えば、本来の任務である未来を変える為の試行錯誤である。彼が持ち込む厄介事を解決する事でもある程度は変更出来るが、しかし効果は余り期待出来ないのも事実だ。

 だから僕は未来の子孫と連絡を取り、あれこれと手段を考える。それは市場介入であったり、生態系の微妙な変化であったり、時には洗脳紛いの事もした。しかしどれも決定的な物とは成り得ず、平たく言えば手詰まりであった。

 その日も打開策を練る為情報収集に当たっていたのだが、その時一階から争うような声が聞こえてきた。

「どうして貴方はそうなの!?」

「今更そんな事言ってもどうしようもないだろう?」

 どうやら彼の両親のようだった。滅多に喧嘩などしない夫婦であるが、

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我は所詮ロボット 第一回

ゆっくりと目が覚めた。

 セルフチェックの傍ら辺りを見回すと薄暗く、僕はいつものように横の襖を開けようとした。が、そこには何もなく、僕の手は空しく空を切った。首を捻って目をやると、そこにはただ黒い空間だけが広がっていた。一瞬、混乱した。

 ここは、押し入れでは、ない?

 そういえば僕の腰の下には布団はなく、何故かごつごつとした肌触りに変わっている。胸騒ぎを覚えた僕はモードを切り替えて視界を鮮明にしてから、もう一度辺りを見回した。そして飛び込んできた光景に、僕は息を飲んだ。

 やはりここは押し入れではなかった。それどころか、辺りには見渡す限りの屑鉄が続いていた。どれも茶色く錆び付いていて、湿った鉄の臭いが鼻に着いた。

 僕は屑鉄の山の上にいたのだ。何かの部品であっただろう小さな物から、機械のフレームであっただろう大きな物まで、ここには無数の屑鉄が幾つもの山を築いていた。変な言い方だが、壮観だった。

 少し考えて僕は立ち上がり、

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